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浪曲|清水次郎長伝 13「石松三十石船」広沢虎造
浪曲|清水次郎長伝 13「石松三十石船」広沢虎造
讚岐の金毘羅樣に次郎長親分の代參を濟ませた森の石松は、歸りの駄賃で大阪見物をして、淀川を上って伏見まで船旅をします。その三十石船に神田の生まれだといふ船客が乘合はせた。この江戶っ子が當代の博徒にたいへん詳しい。そして海道一の親分は、やはり清水次郎長だとその壯佼は言ふではないか。次郎長には良い乾分があるから次郎長は出世したのだと言ふ彼に石松は酒と肴を勸めます。こゝは諧謔でとりわけ廣く膾炙したくだりでございますが、実は「名將の影に名參謀あり」といふのが噺の肝でございます。何となれば石松にとってこれは死出の旅……その前段だから洒落を効かせてゐます。────────────────なぜ今更この清水次郎長伝をポストしたかと申しますと、いま私たちが当然だと信じてゐる「平和主義」といふ主義の実態を、視聴者の皆さんと、どうしても確認する必要があると思ったからで御座います。こゝは紙幅に限りがありますので、詳しくはこの記事をお読みください。↓https://misora-tsushin.hatenadiary.com/entry/2026/05/03/124635────────────────御存じ先代 広沢虎造の、この有名な次郎長伝はいったい何に取材した物語か。およそ清水次郎長の物語の原典は、ひろく黔首に膾炙してゐた次郎長の口伝を補完するかたちで著された『東海遊俠傳 一名次郎長物語』でございます。https://dl.ndl.go.jp/pid/900130その出來を探れば後に明治大帝の侍従になった山岡鉄舟に逢着いたします。鉄舟は幕末の剣豪であり、彼の紹介で一時次郎長に望まれて次郎長の養子になった天田五郎といふひとがあった。このひとの父は磐城国は平藩 安藤対馬守の家来、甘田平太夫といふ侍であり、後に五郎は鉄舟の門下で國學を學ぶ。この天田五郎が次郎長の恩義に報いるために記したのがかの『東海遊侠伝』でございます。するとこ...
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再生時間:23:45
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