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【サンソフト全史】「過去の財産に目を向けないのか」海外役員の一言が眠れる老舗ゲーム会社を蘇らせた話


【サンソフト全史】「過去の財産に目を向けないのか」海外役員の一言が眠れる老舗ゲーム会社を蘇らせた話

券売機メーカーから始まり、クソゲーの語源を生み出し、海外で神扱いされ、一度死にかけて、海外役員の一言で蘇った会社の話です。今回は1971年創業から現在までの54年間、ゲーム会社サン電子(サンソフト)が辿った興亡の人間ドラマを、開発者本人の証言を中心に解説していきます。サン電子は1971年4月に愛知県江南市で設立され、最初は立石電機(現オムロン)の自動券売機を受託製造するメーカーでした。1978年にアーケード市場に参入し、1985年にファミコンソフト『いっき』を発売したところから、伝説の物語が始まります。約80万本を売り上げた『いっき』はサンソフト家庭用ゲーム最大のヒットとなり、後にイラストレーターのみうらじゅんさんが「クソゲー」という言葉を生み出すきっかけの作品にもなりました。1986年の『アトランチスの謎』では、入った瞬間にゲームオーバー確定の伝説のステージ42TH ZONEや、開発者の「仕様です」発言などのエピソードが今も語り継がれています。1987年『天下のご意見番 水戸黄門』では拡張チップなしのソフトウェアだけで約18秒の音声合成を実現し、技術のサンソフトと呼ばれるきっかけを作りました。1988年の『超惑星戦記メタファイト』(海外名ブラスターマスター)や1989年『バットマン』は、海外のレトロゲーム界で神扱い・NES屈指のアクションと評されるまでになります。そして1991年『へべれけ』、1992年『ギミック!』では、専用拡張音源SUNSOFT 5Bまで開発し、作曲家・影山雅司さんの音楽を最高の形で届けるという、作り手の愛情あふれる作品作りを見せました。桜井政博さんが大絶賛したことでも知られるギミック!は、現在では完品の中古市場価格が180万円から250万円に達する伝説のレアソフトとなっています。しかし2000年代以降、ゲーム事業は冷え込み、201...
動画ID:sm46442124
再生時間:42:28
再生回数:再生回数:101 回
コメント数:11
マイリスト数:1
最新のコメント:おつ なぜ新作の映像を... 百姓は差別語とか... 世界樹の葉 実際一人で2キャラ... おつ マジか こいつも百姓っす... かなりイケてるス... こっちの方が売れ... 農民も投げないやろw
タグ:サンソフト,サン電子,琴葉茜


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