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浪曲|清水次郎長伝 2「名古屋の御難」広沢虎造
浪曲|清水次郎長伝 2「名古屋の御難」広沢虎造
秋葉山三尺坊の火祭りで、次郎長は義兄の仇、神沢小五郎の首を斬った。凶状持ちになって清水にゐられなくなった次郎長は長い草鞋を履くことになりました。女房のお蝶と乾分の森の石松を連れて旅に出る。それから一月半が經った。尾張名古屋の出町松竝木へ、ぼんやり立った主従三名、と向かうから、頰かぶりをした見るからに怪しい男がやって來て、三度笠の次郎長の顔を覗き見る。もしや追手か知らむ……────────────────なぜ今更この清水次郎長伝をポストしたかと申しますと、いま私たちが当然だと信じてゐる「平和主義」といふ主義の実態を、視聴者の皆さんと、どうしても確認する必要があると思ったからで御座います。こゝは紙幅に限りがありますので、詳しくはこの記事をお読みください。↓https://machikanebooks.exblog.jp/35496885/────────────────御存じ先代 広沢虎造の、この有名な次郎長伝はいったい何に取材した物語か。およそ清水次郎長の物語の原典は、ひろく黔首に膾炙してゐた次郎長の口伝を補完するかたちで著された『東海遊俠傳 一名次郎長物語』でございます。https://dl.ndl.go.jp/pid/900130その出來を探れば後に明治大帝の侍従になった山岡鉄舟に逢着いたします。鉄舟は幕末の剣豪であり、彼の紹介で一時次郎長に望まれて次郎長の養子になった天田五郎といふひとがあった。このひとの父は磐城国は平藩 安藤対馬守の家来、甘田平太夫といふ侍であり、後に五郎は鉄舟の門下で國學を學ぶ。この天田五郎が次郎長の恩義に報いるために記したのがかの『東海遊侠伝』でございます。するとこれは又聞きのお噺なぞではない。今日的に謂ふなれば「現場に入って取材したドキュメンタリー」なのだから、道理で眞に迫ってゐるわけです。御維新に伴って次郎長は在所に裨益する事業を起こし、本書が出版さ...
動画ID:sm45673407
再生時間:25:53
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