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後醍醐天皇が流された隠岐島に向かい、日御碕灯台から詩吟「小楠公の母」を詠じてきました


後醍醐天皇が流された隠岐島に向かい、日御碕灯台から詩吟「小楠公の母」を詠じてきました

楠公研究会会員で、岡崎功先生が建学された湘南高校の元教員・須藤文義様と、同じく楠公研究会会員の浜田博之様のお招きを賜わり、出雲へ。須藤様が仕えられた岡崎功先生は大東亜戦争の無条件降伏に際して、松江騒擾事件で知られる方。須藤様ご自身、神社本庁の芦原総長や元掌典職で現亀山神社(広島県三原市)の潮宮司、住吉大社の加藤権宮司等多くの卒業生をお待ちになられる。当日、まずは日御碕灯台から隠岐島を望み、後醍醐天皇と楠公、南朝の遺徳を偲び讃えるべく、詩吟「小楠公の母を詠ず」を吟じさせて頂いた。護国活動を行う中、日々、敵勢力はもちろん同じ志を持つ者からも攻撃を受ける事は当然あるのだが、時に、保守を騙って私に近づき私の名を利用して悪事を働く者が若干1名出現し、私の行ってきた顕彰活動に少々自信喪失していた中、今回の須藤様、浜田様からのご高配は、私にとって、今後の更なる顕彰活動に向けての何よりの励みとなるものとなった。天は、神は、私にまだまだ引退してはならない、表舞台から去ってはならない、とお命じになられていると感じた。ご神意を知り、天命を悟りて、神意と天命には絶対的に従わねばならない。それこそが神国日本の民として命を授かった者としての責務である。隠岐島を望みつつ、そう固く誓った。https://youtu.be/UqYsNeeeJW4?si=LfgSZ2M6yQC7Zcr9
動画ID:sm42933620
再生時間:9:37
再生回数:再生回数:113 回
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最新のコメント:ケバ カワィィ
タグ:歴史,日本史,南北朝時代


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