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シーイーの古都京都巡り018菅原院天満宮神社
シーイーの古都京都巡り018菅原院天満宮神社
京都府民のシーイーが主に地元の神社や仏閣を、独自の視線での紹介動画になります。今回は天神様偏第四段「菅原院天満宮神社」の紹介になります。「京洛八社集印めぐり」の対象神社その2。主祭神:・菅原道真・菅原是善・菅原清公摂社/末社:・梅王神社ほかいくつか菅原清公は、嵯峨天皇時代に天皇の側近となり、唐の文化をきちんとしっかり伝えた事から、親王(天皇の息子)の教育係(家庭教師)となったので、内裏にほど近いこの地が与えられて住んでいました。是善もここに住んで、同じく親王の教育係に。道真もここで生まれたとの云われがあり、産湯で使った井戸があります。母親が産後の日立ちが悪かったようで、吉祥院の祖母と乳母に預けられたと続きます。室町時代では、管領家の武衛(斯波)家の屋敷で、越前(現在の福井県)遠江(現在の静岡県西部)尾張(現在の愛知県)を治めていた一族。応仁の乱では東西どっちにもつかず、中立だったようで、その影響か、乱の被害が軽かったようです。そのために足利義輝が京都に戻るにあたり、住まいとして提供されて、「二条城」ないし「二条御所」と呼ばれていました。しかし、義輝が謀殺されると、足利家の家臣「三淵藤英」・「細川藤孝」兄弟が、義輝の実弟で、奈良の興福寺に出家していた覚慶をつれてきて、還俗させました。さらに織田信長が上洛により、将軍宣下が受けれた場所とのこと。天神さまの三代でゆかりがある点から、「菅公聖跡二十五拝」に選定されて、筆頭の第1番目となっております。
動画ID:sm37096310
再生時間:6:40
再生回数:再生回数:30 回
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タグ:歴史,古都,京都観光
